【台湾】向前走・新しい台湾へ

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(写真)メイドイン台湾のTシャツと若者に人気のアートなスポット崋山1914文化創意産業園区

 

向前走(ヒョン・ツェン・ギャー)は台湾のロック歌手の林強(リン・チャン)のデビュー曲です。

日本でも人気のある侯孝賢(ホウ・シャオシェン)監督の映画『戯夢人生』(1993年)で、主人公の青年時代を演じていたと言えば記憶にある人もいるかもしれません。

1990年に発表され、当時、台湾に大きな衝撃を与えました。

それはこれが台湾語で歌われていたからでした。

 

台湾には大きく3つのエスニック集団(族群と呼ばれます)があります。

日本統治時代が終わって以降に中国本土から渡ってきた「外省人」、それ以前から台湾に暮らしていた中国系の人々の「内省人(本省人)」、そして台湾の先住民である少数民族たち。

長い間、政治事情などもあってそれぞれは融和することなく、外省人がおもに北京語、内省人がおもに台湾語というように日常言語も異なり、婚姻や就職など生活全般においてもデリケートな線引きが続いていました。

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(写真)古い街並みが美しい迪化街にも新しい若者の店が増えている

 

向前走が流行る少し前のことです。

当時とても仲が良かった台湾人の友だちに「少し台湾語も覚えたいから教えてよ」と軽い気持ちで言ったところ、普段穏やかな彼が「どうして? この国の公用語は北京語だよ。いったい何の必要があるの!」と激しい口調で怒り出しました。

なぜ彼がそこまで怒るのか理解できずケンカになってしまい、それ以来、疎遠になってしまいました。

好きで行き来を繰り返していた台湾からもいつしか足が遠のいていきました。

 

後になって、香港人の共通の知り合いから、彼が外省人で、そもそも台湾語はあまり話せないことを聞いて知りました。

「生まれ育った国なのに、ごく身近にいる人々の言葉がわからない。そのジレンマは優しいからこそ強かったんじゃないかな。あいつが本当は言葉も民族も関係なく友情を育むことができる人間であることは、母国を超えて兄弟のように仲がよかったあなたこそ一番わかったはずではないの?」

その言葉は心に突き刺さり、それまで単に穏やかで平和に見えていた台湾の現実を知るとともに、無知を悔いて私にはトラウマとなりました。

 

台湾の歌謡界においても族群は大きく影響していました。

ほとんどの歌は北京語で歌われ、本来多数派の内省人が使う台湾語で歌われるのは日本でいう演歌のようなジャンルのごく一部だけでした。

 

長く続いてきたその暗黙のタブーを破り、林強が現れたのです。

 

どこか垢抜けないけれど好青年のロック歌手。

一生懸命な歌もダンスも好感が持てました。

ただひとつ、異端だったのは歌詞が台湾語だったこと。

賛否両論ある中でも、それは新しい世代の誕生とも広く受け入れられたのです。

台湾に変化が訪れる予感でもありました。

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(写真)林強「向前走」のビデオ

 

歌詞の内容は…

 

夢を追いかけて、田舎の町を出て台北を目指す青年。

列車はゆっくりと動き出し、懐かしい風景も流れていく。

やがて現れる高層ビルが建ち並ぶ大都会。

台北駅に降り立った彼は希望に満ちてこう繰り返す。

 

前向走! 前向走! (前に向かって走れ!)

 

どちらかと言えばポップス寄りの軽快なリズムは、当時の台湾国鉄のスピード感にもよく似ていました。

鉄道マニアで、昭和の日本の鉄道の面影を残す台湾国鉄が好きだった私のお気に入りになりました。

CDやVHSを買って帰り、日本のカラオケに入ったのも見つけて耳だけで覚えたインチキな発音でよく歌ったものでした。

 

それから二十年近い年月がたちました。

 

足が遠のいていた台湾を久しぶりに訪れ、荷をおろしたホテルのテレビから懐かしい歌が流れてきました。

 

あの「向前走」でした。

 

しかし、すぐ見入った画面に映し出されていたのはノスタルジックな台湾国鉄などではなく、開通して間もないピカピカの台湾新幹線でした。

時を経て、「向前走」は最新の新幹線のCMイメージソングに使われていたのです。

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(写真)「新幹線に乗って台湾を旅しよう!」というキャッチコピーが描かれた台湾新幹線(高鐡)の車両

 

たかが二十年。されど二十年。

今でも外省人の一世は台湾語がほとんど話せない人が多く、逆に内省人の年配者は北京語がほとんど話せず日本語の方が得意というような方も多いそうです。

しかし、二世、三世と世代が重なるにつれ、彼らの中での族群のタブーは次第に薄れてきています。

つい先日は卓球の福原愛選手が台湾での結婚記者会見の際、得意の北京語ではなくまずは台湾語であいさつをし、「台湾への最大の敬意」と称賛されたというニュースが流れました。

かつての台湾メディアでは考えられなかったことです。

 

最近はより台湾独特の文化や歴史が尊重されるようになり、自らを中国人でも外省人でも内省人でもなく「台湾人」と認識する若者が増えています。

そのアイデンティティを元に活躍するアーティストも続々と誕生しています。

 

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(写真)MITの殿堂・台湾デザインミュージアムとショップ

 

台湾では「MIT」という言葉がブームです。

これはMade in Taiwanの略。

新進気鋭の若いデザイナーたちによるファッションのみならず、食品、雑貨、コスメと幅広い分野でMITをうたう製品が増えています。

世界の流行の最先端だけに迎合するのではなく、きちんと台湾の良さを伝えたい。

そうして生みだされたものたちは、クオリティの高さやモダン性も重視しつつも、台湾らしいどこかノスタルジックな雰囲気があって温かさが感じられます。

先住民の伝統文化なども積極的に取り入れられるようにもなりました。

MITばかりを集めた専門店も続々とオープンしており、日本からの旅人たちにもぜひ訪れて新しい台湾を感じてほしいと思っています。

(お店の紹介などは追ってしていきたいと思います。)

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(写真)チャイナドレスがモチーフのバッグとユニークな子供服(左から「僕は弟だよ」「抱っこして欲しいの」「僕はお兄ちゃんだよ」という意味)

 

最近の若者たちにとって「向前走」はもはや異端ではなく、むしろ新しい時代を象徴するある種「オシャレ」な曲のようです。

海峡の向こうの存在を前提に、これらの傾向をナショナリズムの台頭と警戒する声もなくはないようです。

しかし、どこかの国のリーダーが「美しい国」と称して押し進めるようなナショナリズムとはまったく違い、台湾の場合は移りゆく世代のアイデンティティから自然に生まれるべく生まれている変化に過ぎないように感じています。

 

私もいまMITに夢中です。

先日も台北を訪れ、初めての店を何軒か回ってきました。

実はこの変わっていく台湾が、私のあのトラウマも少しずつ薄れさせてくれているのです。

今度はどんな新しいものが生まれてくるのか、楽しみで仕方ありません。

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カテゴリー: NO TRAVEL NO LIFE

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